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東京地方裁判所 平成4年(ワ)9099号 判決 1992年12月14日

原告

株式会社シー・エル・シー・エンタープライズ

右代表者代表取締役

蔵冨三千穂

右訴訟代理人弁護士

松井稔

小町谷一博

今井克治

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

浅野晴美

外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

東京地方裁判所平成元年(ケ)第一一八三号及び同裁判所平成二年(ケ)第三六六号不動産競売事件について、同裁判所が平成四年五月二九日に作成した配当表中被告(東京国税局)の配当額一億〇八八九万八八四八円とあるのを零円に、原告の配当額七五億四八九五万三八九四円とあるのを七六億五七八五万二七四二円に、それぞれ変更する。

第二事案の概要

一争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実

1  原告は、訴外宝化礦産業株式会社(以下「訴外会社」という)に対し、昭和六二年五月二五日に二七億円、同年七月九日に一八億五〇〇〇万円をそれぞれ貸し渡し、右貸金債権ほか訴外会社に対するその他の債権を担保するため、訴外会社所有の別紙物件目録一記載の建物(以下「旧建物」という)につき、昭和六三年九月九日に順位一番から三番までの別紙担保目録一ないし三記載の根抵当権及び抵当権(以下「旧抵当権等」という)の設定契約を締結し(以上の事実につき<書証番号略>)、同日付で順位番号一番、二番、三番の順で、原告を根抵当権者または抵当権者とする同目録一ないし三記載の根抵当権及び抵当権設定登記を了した。なお、当時、旧建物の敷地の所有権も訴外会社に帰属し(以上の事実は争いがない)、旧抵当権等は右敷地との共同抵当として設定されたものである(<書証番号略>)。

2  訴外会社は、旧建物を平成元年三月二〇日頃から四月初め頃に取り壊し(<書証番号略>)、同一敷地内上に平成元年六月三〇日付で表示登記がなされている別紙物件目録二記載の建物(以下「新建物」という)を建築したところ、原告は、新建物につき、新建物の保存登記の日と同日である平成二年三月六日付で、あらためて右債権を被担保債権とする順位番号一番ないし三番の順で、原告を根抵当権者または抵当権者とする別紙担保目録四ないし六記載の根抵当権及び抵当権(以下「新抵当権等」という)設定登記を了した(争いがない)。なお、新抵当権等も敷地との共同抵当として設定された(<書証番号略>)。

3  新建物は、訴外会社の債務不履行を理由に原告が申し立てた東京地方裁判所平成二年(ケ)第三六六号不動産競売事件(同裁判所平成元年(ケ)第一一八三号と併合)により新建物の敷地ほかの物件と同時に競売に付され、平成四年五月二九日が配当期日に指定された。ところが、右配当期日に執行裁判所から示された配当表は、新建物の配当につき、被告が訴外会社に対して有する平成元年三月二八日を法定納期限等とする国税債権が原告の債権に優先し、一億〇八八九万八八四八円を被告に配当することを内容とするものであったため、原告は、右配当期日に民事執行法八九条に基づき執行裁判所に配当異議の申し出をした(争いがない)。

二原告の主張

1  本件のように、抵当権設定当時、建物及びその敷地がともに同一所有者の所有であった場合に、建物に設定された抵当権が把握する交換価値は、建物自体の価格及びその建物の法定地上権価格であるが、抵当権設定後に建物が取り壊され、同一敷地上に新建物が建築された場合、新建物に設定された抵当権が把握するのは、新建物の法定地上権価格ではなく、旧建物の法定地上権価格であると解される(個別価値考慮説)。この考え方は、旧建物に抵当権が設定された後にそれが取り壊されて新建物が建築されても、新建物には旧建物の権利関係が引き継がれることを意味していると解される。また、旧建物が取り壊されたのは早くとも平成元年四月一日以降であり、本件国税債権の法定納期限等である同年三月二八日には旧建物が存在していたものであって、このように原告の債権と本件国税債権の効力関係が生じた後に旧建物が取り壊され、同一敷地上に新建物が建築され旧抵当権等が担保すると同一の債権担保の目的で同一順位の新抵当権等が設定された以上、旧抵当権等と新抵当権等は実質的に同一の担保権というべきである。したがって、旧抵当権等の設定登記が国税債権の法定納期限以前である以上、原告が同一の債権担保の目的で新建物につき設定した新抵当権等も、国税徴収法一六条により、国税債権に優先すると解すべきである。そう解さないと、原告の与り知らぬ旧建物の取壊しという事情により簡単に覆され、債権者としては、事前に債権担保の方策を講じるだけでなく、事後的にも不断に担保物件の監視をなすことを求められることになり、不合理である。

2  ところが、その後東京地方裁判所民事第二一部(執行部)は、同一所有者に属する土地及び建物に共同抵当を設定した債権者は、土地の交換価値の全体を把握していることを重視し、建物が滅失し再築された場合に法定地上権の成立を肯定すると土地の交換価値のうち法定地上権に相当する担保価値について、建物が滅失したため建物抵当権を実行して実現することができず不合理であるとして、このような場合原則として法定地上権の成立を否定する考え方(全体価値考慮説)を採用するに至った。右の考え方によると、本件のように土地所有者が旧建物を取り壊した後に新建物を建築した場合は、原則として法定地上権が成立しないこととなり、たとえ新建物に第三者が優先的な抵当権を設定していたとしても、法定地上権の成立が認められないことによりその抵当権が把握するのは、新建物自体の価額(取壊し後の材木価額)と考えられる。したがって、本件の場合、被告が国税債権として新建物から優先的に弁済を受けられるのは最大限で新建物の材木価額にとどまるというべきであり、右材木価額は建築廃材価額に等しい程度のものにとどまり、結論として原告の請求するとおりに本件配当表を変更することが妥当ということになる。

三被告の主張

抵当権は、目的物が消滅すれば、経済的にこれに代わるものに対して物上代位が認められる場合を除き消滅する。原告は、旧建物について、旧抵当権等を昭和六三年九月九日設定したが、旧建物は、平成元年三月二〇日に取り壊されたのであるから、旧抵当権等も旧建物の滅失により消滅したことになる。原告は、平成元年六月三〇日に新築された新建物について、平成二年三月六日に新抵当権等を設定しているが、新抵当権等は、新建物について設定されたものであり、旧建物に設定された旧抵当権等とは全く異なるものであるから、旧抵当権等の効力が新抵当権等に引き継がれるというのは抵当権の性質を無視した議論である。

そもそも旧建物に設定された抵当権の内容及び権利関係が旧建物滅失後も存続し、新建物に設定された抵当権にそのまま引き継がれるならば、新建物が建築され登記された場合に、新たに抵当権を設定し、抵当権設定登記をしなければ、新建物についての抵当権を第三者に対抗できないことと矛盾する。また、旧建物に設定された抵当権の内容及び権利関係が新建物に設定された抵当権に引き継がれるならば、新建物の登記を見ただけでは、その建物に関する権利関係が把握できず、登記制度の根拠となる公示の原則が著しく害されることになる。

東京国税局長の差押えにかかる本件国税債権の法定納期限等は平成元年三月二八日であるところ、新抵当権等の設定は、同年六月三〇日であるから、国税徴収法八条及び一六条により、本件国税債権が原告の債権に優先することは明らかである。

四争点

1  土地建物に共同抵当権等が設定された後、建物が滅失し、新建物が再築され、更に新建物につき新抵当権等が設定された場合において、旧抵当権等の設定後新抵当権の設定前に法定納期限等が到来した国税債権と新抵当権の被担保債権との優劣関係

2  本件の場合において、新建物に法定地上権が成立するか

第三争点に対する判断

一国税債権は、納税者の総財産について、原則として、すべての公課その他の債権に優先する(国税徴収法八条)が、納税者が国税の法定納期限等以前にその財産上に抵当権を設定しているときは、その国税債権はその抵当権により担保される債権に劣後する(同法一六条)。したがって、本件において、原告の新抵当権等によって担保される債権が本件国税債権に優先するか否かは、新抵当権等が本件国税債権の法定納期限等の日である平成元年三月二八日以前の日に設定されたかどうかによって決まることになる。しかるところ、新抵当権等の設定された日が同年六月三〇日であることは争いがないから、新抵当権等によって担保される債権は、右国税債権に劣後することにならざるを得ない。

二原告は、①同一の所有者に属する建物及びその敷地に対する抵当権設定後に建物が取り壊され、同一敷地上に建物が再築された場合、新建物に設定された抵当権が把握するのは、新建物の法定地上権価格ではなく、旧建物の法定地上権価格であると解され、この考え方は、新建物には旧建物の権利関係が引き継がれることを意味する、②また、旧建物が取り壊されたのは早くとも平成元年四月一日以降であり、本件国税債権の法定納期限等である同年三月二八日には旧建物が存在していたものであって、このように原告の債権と本件国税債権の効力関係が生じた後に旧建物が取り壊され、同一敷地上に新建物が建築され旧抵当権等が担保すると同一の債権担保の目的で同一順位の新抵当権等が設定された以上、旧抵当権等と新抵当権等は実質的に同一の担保権というべきであることの二点を根拠に、新抵当権等によって担保される債権は本件国税債権に優先する旨主張する。

しかし、まず、①の場合に旧建物を基準として法定地上権の内容を決するとの原告主張の議論は、抵当権設定の際、旧建物の存在を前提とし、旧建物のための法定地上権が成立することを予定して土地の担保価値を算定した土地に対する抵当権者に不測の損害を被らせないためにとられた考え方にすぎず(したがって、右抵当権者の利益を害しないと認められる特段の事情がある場合には、再築後の新建物を基準として法定地上権の内容を定めて妨げない。最高裁昭和五二年一〇月一一日第三小法廷判決・民集三一巻六号七八五頁参照)、このことから直ちに旧建物の権利関係がそのまま新建物に引き継がれると解したり、旧建物に対する抵当権設定時をもって新建物に対する抵当権設定時と解することができないことは明らかである。また、②についても、本件で問題とされるのは、本件国税債権と新抵当権等によって担保される債権の優劣関係如何であって、新抵当権等の設定が本件国税債権の法定納期限の後である以上、本件国税債権の法定納期限である平成元年三月二八日に旧建物が存在していたか否かにかかわらず、本件国税債権が優先することは明らかである(原告は、旧抵当権等と新抵当権等は実質的に同一の担保権である旨主張するが、右主張が、旧抵当権等の設定時をもって新抵当権等の設定時とみるべきであるとの主張を含むとすれば、右で説示したとおり失当である)。

三原告は、土地所有者が旧建物を取り壊した後に新建物を建築した本件のような場合は、原則として法定地上権が成立しないと解すべきであるから、たとえ新建物に第三者が優先的な抵当権を設定していたとしても、法定地上権の成立が認められないことによりその抵当権が把握するのは、新建物自体の価額(取壊し後の材木価額)と考えられ、したがって、被告が国税債権として新建物から優先的に弁済を受けられるのは、最大限で新建物の材木価額にとどまるというべきであり、右材木価額は建築廃材価額に等しい程度のものにとどまり、結論として原告の請求するとおりに本件配当表を変更することが妥当である旨主張する。

同一所有者に属する土地及び建物に共同抵当権の設定を受けた債権者は、土地の交換価値のうち法定地上権に相当する部分については、建物抵当権を実行して法定地上権付建物の売却代金から回収し、また、法定地上権の負担のついた土地の価額は土地抵当権実行により回収し、いずれにしても債権者としては土地の交換価値の全体を把握しているのであるから、建物が滅失し再築された場合に法定地上権の成立を肯定すると、土地の交換価値のうち法定地上権に相当する担保価値について建物が滅失したため建物抵当権を実行して実現することができず、右債権者が土地の交換価値全体を把握していることと矛盾することになるので、このような場合に、原則として法定地上権が成立しないとする原告の見解は、それ自体理由のないものではない。しかし、本件においては、前記のとおり、原告は、新建物について、訴外会社から旧建物につき設定された旧抵当権等と同一の順位、内容の新抵当権等を従前どおり敷地との共同抵当権として新たに設定を受けたのであるから、法定地上権の成立を認めても、原告は土地についての交換価値の全体を把握していることになる。したがって、本件の場合、新建物を基準とした法定地上権が成立するものというべきであり、この結論は、旧抵当権設定後新抵当権設定前に法定納期限等の到来した国税があるかどうかによって左右されるものでないというべきである。したがって、法定地上権が成立しないことを前提とする原告の主張は理由がない。

四よって、係争配当額は被告に配当すべきものであり、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとする。

(裁判官田中俊次)

別紙物件目録<省略>

別紙担保目録<省略>

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